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「エゴ」って本当に悪者なのか?

最近、このブログと並列して「ツイッター」をしています。その中で、書き
込んだ内容についていろいろなコメントや質問をいただくようになりました。
その中で、「エゴについて」の御質問がいくつかあったので、私の考えを
ここに書かせていただこうと思います。


普通、「エゴ」と言うと私たちにとっては「良くないもの」というイメージが
あると思います。「エゴイスト」とかいう言葉をすぐに連想しますね。
ただ、心理学的には「自我」ともいわれ、フロイトが唱えたときには
「意識と前意識、それに無意識的防衛を含む心の構造」
と定義されます。ふーむ、なんことだか分かりません。


そこで、わたしなりにこの言葉を元に「エゴ」とはどういうものかを考えて
見たいと思います。
人間の「意識」には私たちが通常認識でいる「顕在意識」に加えて、私たちが
通常では認識できない「潜在意識」や「無意識」という「階層構造」がある
という話をしてきました。(参考:「潜在意識について」)
つまり、私たちの意識と言うのはこのような「構造」を持っていて、私たちが
普段「こころ」というものにはいろいろな「部分」があるということです。


私たちは、生まれたばかりのときにはこの潜在意識は透明であると言っても
良いと思います。それが、生まれてからのいろいろな「人間関係」の中で、
自分自身をそのまま表現するということを制限するのです。

赤ん坊は、何もわからずにお腹がすいたら泣き叫びますが、それで怒られると
まだ物心がついていなくても、「お腹がすいてもすぐに泣いちゃいけないんだな」
という思考が刷り込まれます。このいろいろな「思考」や「思い込み」が
刷り込まれる場所が「潜在意識」と言って良いところだと思います。
(学問的に厳密に定義すると、決してこんなに単純ではないかもしれませんが、
ここでは話を分かりやすくするために、敢えて単純化して書いています)


「思い込み(ビリーフ)」については、今までも繰り返しトピックで書いて
きましたが、潜在意識に蓄積されることによって私たちの思考や感情の動きに
とても大きな影響を与えるものです。そして、この「思い込み」がクリアー
になることによって、とても楽チンに生きていけるようになってくるという
書き方をしてきました。


この「思い込み」ももともとはなかったもので、生まれてから「適応」するため
に必要であったということは重要です。決して、不必要なのに他人から刷り
込まれたというようなものではなく、自分自身が「快適に」生きていくうえで
必要とされていたということです。

話がたしょうややこしいかもしれません。

つまり、私たちが「潜在意識」にため込んでいる「思い込み」は、それが
刷り込まれた時は、うまく生き抜くために必要なものだったということです。

泣き叫ぶ赤ん坊が、もし泣きやまないでいつまでも泣き続けていたら、最初は
言葉で叱られるだけだったのが、親はだんだんと感情が不安定になって、言葉も
大きくなり、ひょっとしたら手が出るような事があるかもしれません。そこまで
エスカレートしないようにするためには、あかちゃんは「適応」して「自分が
泣きたくても、泣いてはいけない」と『学習』するわけです。学習することで
世の中をうまく生き抜くことが出来るのです。


それが、大人になっても続くと「自分を表現してはいけない」「自分の思っている
ことを隠さなければいけない」「自分を表現すると他人から責められる」などと
いった「思い込み」になっていき、それが生きることをだんだんと生きづらく
させてしまうのです。


ちょうど、裸の「みの虫」が、寒さから自分を守るために枯れ葉で全身を包む
様子に似ています。生まれてきたばかりの赤ん坊が「みの虫」の幼虫で、枯れ葉は
いろいろな「思い込み」ということです。そして、このような枯れ葉を身につける
ことによって、自分自身を守ろうとする「防衛本能」が「エゴ」だと思うのです。
つまり、枯れ葉を接着する「粘液」のようなものといったらいいでしょうか。

この「粘液」がなければ、寒い冬も裸のままで凍え死んでしまうかもしれない
のです。自分の身を守るためには「粘液」で自分のまわりを「枯れ葉」で覆わ
ないとだめだということです。


「エゴ」というのは、自分自身を守ろうとする「防衛本能」です。これがないと
生きていくことはできません。エゴは「変化すること」を何よりも嫌います。
そのために、「思い込み」をどんどんと強化しようとします。どんどん粘液を
分泌してまわりをどんどんと枯れ葉で固めて。。。。
もうお分かりですよね。
枯れ葉で分厚く固め込まれた状態が、普段の私たちだということです。


分厚く固め込まれた「枯れ葉」の中心には、傷つくことをおそれて、裸んぼの
みの虫が、小さく縮じこまって隠れています。それが「インナーチャイルド」と
言われるものです。



たしかに、いろいろな「思い込み」は私たちの生き方を制限して生きるのが苦しく
なる原因になります。ただ、それがそうなったには理由があるのです。無理やり
「思い込みだから」という理由で、ひきはがしてしまうと、真ん中のみの虫は
恐怖のあまり死んでしまうかもしれません。


「エゴ」という「粘液」のおかげで、「みの虫」は冬も凍え死なないですんで
きたということは、とても大切なことだと思います。



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2010.07.28 Wed 12:18  |  思い込みの手放し

先生のブログを拝見して、思い込みも生き抜くために必要とあり、今、私が病気なのは、そろそろその思い込み達を手放して良い時期にきていることが表に病として表れているような気がしました。

そして、子育てのためには、思い込みは手放していった方が、自分も楽に、健康になれるように感じました。

先生がお書きの、赤ちゃんもおなかがすいて泣くと怒られると泣いてはいけないと思い込んでいくというようなところに、思いあたることはいっぱいあるのです。

だから、自分は反対のことを、子育てで、選択していくのです。これが、結構、辛さを生み出してしまうのですけれど。

上手に、必要なくなった思い込みは手放していきたいものです。

別の項で先生がお書きの、セラピストに依存する時期もあり、そこから自立していくというのも、とてもありがたいお言葉に響きました。

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プロフィール

小西 康弘

Author:小西 康弘
京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院などで内科全般を研修し、消化器内科を専門とする。内科専門医。

内科医として約20年病院勤務をしてきましたが、西洋医学の範疇だけでは、とても患者さんの肉体的問題に対して対応できないとその限界を痛感しています。
肉体的な問題の奥底には心理的、精神的な問題が隠れていることが少なくありません。表面に出てくる肉体的な問題は原因ではなく結果で在る事が多いのです。
トランスパーソナル心理学の各手法や、ヒーリング方を勉強中。
シーターヒーリング・プラクティショナー

このブログでは西洋医学だけでなく代替医療やその他の補完療法についての私の考え方や、いろいろな情報を書いていきたいと思います。


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