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人の分まで悩まなくてもいい

私たちは、日常の人間関係の中でいろいろな感情を感じます。人に言われた言葉に
怒りや悲しみを感じたり。。。「それが、人生」と言えるのかもしれません。

でも、その状況を少しだけ距離を離してみることが出来たら。

nayami.jpg


たとえば、人に攻撃的な言葉を投げかける人がいる場合、私たちはその言葉に傷ついて
いろいろと「反応」してしまいます。「反応」とはその時に感じた感情に振り回される
という意味です。
しかし、ただ単に「私はあの人の、コレコレの言葉に傷ついた~」と落ち込むのでは
なく、「その相手の人に何が起こっているのかな?」と考えることが出来たら展開が
全く変わってきます。

自分自身のことを振り返ってみるとよくわかると思いますが、人に対してイライラしたり
やたらと機嫌が悪い時には、目に見えるもの何でもが気に食わないように感じられます。
逆に、朝からいいことがあると、その日一日がいいことばかりであるように感じられる
こともあります。
まさに、自分自身の心のなかの「フィルター」を通して私たちはすべてのものを見るので
その「フィルター」がたとえば「満たされない思い」で曇っている時には、目にする現実は
すべて満たされないように感じられるということです。そういう人は不平不満だらけの
人生を送るのです。

つまり、相手の人が人間関係の中でそのような「対応」をするのは、なんらかの
「フィルター」があって、そう反応せざるをえないからなのですね。
相手がそのような言葉や態度を投げかけるのは、相手の人の心の中でその人なりの
「ドラマ」が行われているからだと言い換えることが出来ます。



とすれば、私たちはそのような「他人のドラマ」に巻き込まれて一生を生きていたくは
ないと思いませんか?
周りの人の言動にいちいちに振り回されるということは、自分の人生を生きていないと
いうことです。だって、人のドラマに右往左往して本当に自分は何を感じているのかが
分からなくなってしまうからです。


人間関係というのは、ある意味では私たちの「学びの場」であるともいうことが出来
ます。いろいろな感情を感じさせられることがひっきりなしに起こるものですが、
そんな時

「ああ、この人の心の中に『ドラマ』が演じられているのだなぁ」

と思うことは人間の心理を見ていくうえでとても役に立ちます。
ぼくなんかは、振り回されるどころか、逆に一体どんな「ドラマ」なんだろうかと興味を
持ったりします。


人は、本来愛に満ちている存在なのではないかと私は思っています。それが、いろいろな
ネガティブな感情に振り回されているのは、本来の姿ではないということです。
だから、自分の周りの人が自分にネガティブな感情を感じさせることがあっても、それは
自分のせいではなく、その人の中で起こっていることです。

周りにいる人の心の中に起こっていることは、その人に任せましょう。
自分がその人の分まで引き受けることはないのです。
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Comment

2010.06.25 Fri 19:29  |  管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • #

2010.06.26 Sat 02:19  |  

>「その相手の人に何が起こっているのかな?」と考えることが出来たら展>開が全く変わってきます。

そんな風に客観的に自分を見れたらいいですけど。
そこに至るまでは、経験や知識や客観性が必要です。

イジメにあって自殺する小中学生にそんな余裕はあるのでしょうか。
狭い世界で、誰にも相談出来ないと思います。
イジメられるってことはみっともないと思う子が多いと聞きます。
自殺のニュースを読んだばかりなので、脱線してしまいました。

ごめんなさい。

小西先生は理科系出身の方らしい考えだと思います。
でも、私はさっぱり腑に落ちません。


2010.06.28 Mon 15:10  |  Re: 共感と発見

温かいメッセージ、ありがとうございます。
本当に、すべてが自分の心の中の反映であると思えるようなら
生きるのがずっと楽になるんですね。
そういう考え方も広まるといいと思っています。
これからもよろしくお願いします。

  • #-
  • 小西 康弘
  • URL

2010.08.12 Thu 04:11  |  

いつもありがとうございます。
そぅ考えるとかなり楽ですね 薄い関わりの中でならそれで解決しても 例えば大好きな人の急な『もぅムリ』と思いもよらない冷たい言葉や態度。 『ハイハイ、直るのを待ちます』では余りに自己中ですよね
信頼して愛してきた人がそういう言葉を言うのは
それなりの覚悟と気持ちなのでしょうから…今まだ心のヒリヒリ感が直りません。

  • #-
  • URL

2010.08.12 Thu 19:54  |  Re: タイトルなし

幾ら頭でわかっていても、心がヒリヒリと傷んでいるときにはそれも無理なのはよくわかります。
そういうときには、無理をしないでヒリヒリとした自分の心にしっかりと寄り添ってあげることが
必要なのではないかと思いますよ。
強がる必要はないんです。弱くっても泣き虫でもいいんです。



> いつもありがとうございます。
> そぅ考えるとかなり楽ですね 薄い関わりの中でならそれで解決しても 例えば大好きな人の急な『もぅムリ』と思いもよらない冷たい言葉や態度。 『ハイハイ、直るのを待ちます』では余りに自己中ですよね
> 信頼して愛してきた人がそういう言葉を言うのは
> それなりの覚悟と気持ちなのでしょうから…今まだ心のヒリヒリ感が直りません。

  • #-
  • 小西 康弘
  • URL

2010.08.12 Thu 22:05  |  

>強がらなくてもいい 泣き虫でもいい

ありがとうございます。
泣いてしまったら全部おしまいな気がして 泣きそうになっても引っ込めていました
夕方になってやっと痛みが和らいできました
人の優しさや静かな明るさに触れること
そんな一日を過ごしていたら 少し気づけた気がします
ほぐれ始めたので泣けそうです(笑)

  • #-
  • URL

2010.08.13 Fri 12:48  |  

泣きたいときには、思う存分なくってとっても大切ですよ。
ぼくなんか、ネガティブな感情が溜まった時などよく車の中で大声出して叫んだりしていました。
そういった感情は味わい尽くさないと、深いところに押し込められてしまいますから。

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  • 小西 康弘
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プロフィール

小西 康弘

Author:小西 康弘
京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院などで内科全般を研修し、消化器内科を専門とする。内科専門医。

内科医として約20年病院勤務をしてきましたが、西洋医学の範疇だけでは、とても患者さんの肉体的問題に対して対応できないとその限界を痛感しています。
肉体的な問題の奥底には心理的、精神的な問題が隠れていることが少なくありません。表面に出てくる肉体的な問題は原因ではなく結果で在る事が多いのです。
トランスパーソナル心理学の各手法や、ヒーリング方を勉強中。
シーターヒーリング・プラクティショナー

このブログでは西洋医学だけでなく代替医療やその他の補完療法についての私の考え方や、いろいろな情報を書いていきたいと思います。


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