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本当の愛に気づくとき

私たちは、みんな多くの人から愛されたいと思いそして愛したいと思っています。
人間関係というのは、究極はこの「愛のメッセージが伝わるか伝わらないか」ということなのではないかと思います。誰も、最初から相手と仲良くしたくないと思っている人はいないでしょう。仲良くなれるのならば、それに越したことはありません。
しかし、自分にとって苦手な人というのは、どうしても受け入れることの出来ない「一面」を持っていると感じてしまうのです。どうしてもその「一面」は許すことが出来ない、受け入れることが出来ないと感じてしまうのですね。自分がその人を受け入れることが出来ないのは、その「一面」が相手の人にあるからだと確信しているのが普通です。

もちろん、心理学の勉強をいろいろとしていると、相手の受け入れることが出来ない「一面」は、自分自身の心の中にある「一部分」の投影だと教えられます。
磁石と磁石とが反発するように、自分の中にその「一部分」があるからこそ、相手の「一面」がどうしても気にかかり、受け入れることが出来ないわけです。自分の中に、この「一部分」がなければ磁石は反発することは出来ませんから、相手の「一面」はまったく気になることがないのです。

とはいえ、人間関係の中で私たちはいろいろと感情をゆすぶられるのが普通です。理屈で、頭で理解することとハートで感じることとは別なのですね。



以前、「言語的コミュニケーション」と「非言語的コミュニケーション」とについて書いたことがありました。そのなかで、こういうことを書いています。


例えば、ある人が私に向かって「私はあなたのことがとても好きです」といくら言葉で出していても、その人の「潜在意識」に、私のことを「実は苦手だ」という気持ちがあったりすると、どうもその言葉をそのままに信じる気持ちになれないと言うことは良くあることです。
その理由を説明せよと言われても出来ないことが多く、「なんとなく」としか言いようがない場合も多いのではないでしょうか。


恋愛関係を取り上げるまでもなく、「愛しています」という言葉に私たちはとても鋭敏です。そして、その言葉の奥に、別のメッセージが「非言語的」に込められているかどうかを一瞬にて察知するのです。もちろん、それを「顕在意識」で理解しているかどうかは別として、もっと深い部分で感じ取っているということです。

言語的に伝えていることと、その奥にある「非言語的なメッセージ」とが違う場合、後者の方を『隠し玉』と表現しても良いかもしれません。『隠し玉』にはいろいろな場合がありますが、「愛している」という言葉の裏に、「私のことをもっと愛してほしい」というメッセージが隠れていることは少なくないように思います。
少し話はそれますが、「もっとしっかりしてよ」という表面上はネガティブな言葉の奥に、実は「私にとってはあなたのことが一番大切なのです」という『愛の隠し玉』があることもあります。夫婦間の「パートナーシップ」の問題は、そのことに気づくだけでも大きく変わることがあります。



さて、去年の12月に琵琶湖畔で行われた岡部明美さんの「2デイ・ワークショップ」で「まな板の上」に乗られた方から、新年とてもすばらしいメッセージをいただきました。

メッセージを引用する前に誤解のないようにはじめに書いておきますが、その方は見た目にもとても愛にあふれた方で、職場ではとても人気者です。わけ隔てなく沢山の人に愛にあふれた態度で接しておられました。表面的だけで見ていると、いつも笑顔を絶やさずとても幸せそうで、そんな「人間関係」で悩んでおられるとはとても見えない感じです。
それなのに、心のどこかでは「これは本当の私でない」という思いがあったからでしょうか、岡部さんのワークショップに参加されたのです。
そして、ワークショップ中に出てきた「信念体系(ビリーフ)」は『私は愛される価値がない』というものでした。御本人が気づいていないくらい深い所でとても傷ついておられたのです。グループワークが進むにつれてそのことが明らかにされていきました。

あまりにも傷ついて、あまりにも悲しかったばかりに、その人の『インナーチャイルド』は「自分はいつもニコニコと笑顔を浮かべることでしか人から愛してもらえない」、「私の欲しい愛を手に入れるためにはいつも人を愛さなければいけない」と思い込んでしまったのです。このような「条件つきの愛」はとても苦しいものです。
この「条件」が、最初は自分の深く傷ついた部分を守るために身に着けた「防御服」であったとしてもです。


気づきが起こると、傷ついていた部分(インナーチャイルド)の癒しが起こりはじめ、そして「変容」が起こり始めます。それは、外から頭で吸収したどのような「すばらしい知識」をも上回るのです。
「愛されたい」という隠し玉に気づいたとき、その人は今まで以上に人を愛せる人に変容するのです。
以下、ご本人の許可を得て引用させていただきます。


2010年1月1日 新しい年を迎えました。


私は、朝から今年はどんな年にしたいのだろう・・とずっと想いをめぐらせていました。
細かい具体的なことではなく、自分の中から沸きあがってくる何かを感じたいと思って、朝からその答えをずっと待っていました。
なかなか沸きあがってこなくて・・ああ、今日は無理なのかな~と半場諦めた頃、熱い思いとともにひとつの想いが私の目の前にはっきり現れました。



私は、つい最近まで、ずっと、ずっと愛されたい人でした。
小さい頃、母から愛をもらうことを諦めて、いつも心の中に寂しさをかかえたまま生きてきて、その溝をうめるかのように愛について学びはじめて・・

先日、岡部明美さんの琵琶湖ワークに2泊3日で参加してきました。
そこで、とても大きな体験をしました。私は、本当の私に出会いました。
それは、心震える、最高に愛しい私自身に出愛った瞬間でした。

あのワークから2週間・・私は、今、自分の中で起こっている変化を感じています。
何かが、ストンと懐に落ちた・・そんな感覚を感じながら、私は、自分がこれからいったいどこに向かっていきたいのか、見極めていこうと思っています。
何もそんなに真剣に生きていかなくてもいいじゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、人それぞれ、生き方も考え方も違って良し。私は、せっかくこの世に生まれてきたのだから、自分の人生を思う存分楽しんで、納得のいくように今を精一杯生きていくことにしました。

実は、ずっと前からそうした生き方をしてきたのですが・・


この元旦の日に、浮かび上がってきた私の想い・・
それは、愛していく・・という言葉でした。


「 私は、どんな時も、愛していきます。」


愛が欲しくて、欲しくてたまらなかった私が、心からそう思えるようになったこと・・
私にとっては、ものすごい変化です。 変容です。
私の中から、自然と浮かび上がってきたこの言葉・・頭で考えたわけでもなく、心で感じたわけでもなく、叡智から浮かび上がってきてくれたこの言葉を、私は本当に大切にしてこれから生きていきます。


そしていつか心から愛していこうと思えるような人と巡り逢えたら、その人と真のパートナーシップをしていきたいです。
やっぱり、私は、本当に愛する人と愛しあいたいです。


2011年は、「愛と感謝の日々」になるような気がしています。
今朝起きたら、すぐにこの言葉が想い浮かびました。




愛しています

愛しています

愛しています


私は、愛されることより、愛することを選びます。



すべてのことに心から愛と感謝を込めて・・



私たちは、みな心の奥に「深い傷」を持っています。その傷は深ければ深いほど、普段の意識には出てきません。「私には何もないよ」「何も感じないよ」という言葉は、本当には「私には、感じることがとても出来ないくらい大きな深い傷があるんです」ということを言っているのです。
自分ひとりでは、そのような深い部分にまで降りていくことは難しいかもしれません。そのためには、本当に信頼できる人の助けを借りないといけない場合も多いのです。

私も、この一年はそのような方に、すこしでもサポートできるような機会をもっと作っていきたいと思っています。今年も、「統合医療情報局」のブログをよろしくお願いいたします。



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プロフィール

小西 康弘

Author:小西 康弘
京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院などで内科全般を研修し、消化器内科を専門とする。内科専門医。

内科医として約20年病院勤務をしてきましたが、西洋医学の範疇だけでは、とても患者さんの肉体的問題に対して対応できないとその限界を痛感しています。
肉体的な問題の奥底には心理的、精神的な問題が隠れていることが少なくありません。表面に出てくる肉体的な問題は原因ではなく結果で在る事が多いのです。
トランスパーソナル心理学の各手法や、ヒーリング方を勉強中。
シーターヒーリング・プラクティショナー

このブログでは西洋医学だけでなく代替医療やその他の補完療法についての私の考え方や、いろいろな情報を書いていきたいと思います。


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